sjk_ien’s diary

愛知の無気力LJK

親を自殺で亡くし、自殺遺児になった話

私は中3の時に父親を自殺で亡くして俗に言う自殺遺児、となりました。当時この事実の他に特別なことを経験したわけではありませんが何かしらの形で誰かの力になるかな、と感じたので書きます。。。

 

あんまり人が亡くなったなんて話はするべきではないと思うのですが、当時同じ境遇の人がいると心が楽になった気がするので。あんまり、身近な人を自殺で亡くしたなんて人はいてほしくはないのですが今後長い時間を見てなにかしらの形で人のためになりそうかな、ということで書きます。結構個人的な話なのでなんかあったら消えるかもしれないです。とりあえず、当時何が起こったか書き連ねてみます。私に文章力はないのでご了承ください。

 

当時起きたこと

当時私は14歳でした。比較的長い休みに母親の実家に帰る事になったのですが、父親は用事のために車が必要とのことで行きは送ってもらいました。結構今の家と距離が近いので割と頻繁に帰ってたのでそんなに母親の実家に帰ることは珍しいことではなかったです。

 

昼飯と三時のおやつを過ぎ、そろそろ変える時間かなとなりましたが父親は迎えに来ません。ずっと連絡を待っていたのですが普段帰る時間の16時を過ぎても連絡が来ません…。時間になっても迎えが来ない、なんてことはあんまりなかったですが、特に気には留めず父親の迎えを待っていました。

 

…プルルルルルルル。母親の携帯がなります。どうやら警察かららしいです。え、私変なことしたかな??とか変な妄想をしてましたがそんな生易しい話ではないです。「〇〇(ぼくの名前)、お父さんのLINEのタイムライン見れる??」「…???」母親から聞かれますがなんのことかさっぱりです。実際に見てみると…”私の願い最後の拡散お願いします”と書かれた投稿があります。この文章のみでは何が起こってるのか理解できませんでした…。

 

とりあえず一番下までスクロールをするとさようなら。の文字。これでも私は理解できません。一から読み進めてみますが、バカだった私は(今も馬鹿ですが)これが何を意味する文章なのかは正確にわかりませんでした。が、更にじっくりと読み進めてるうちにこれが遺書であるということは理解できました。遺書の中身はあまり詳しく言いたくないのです。ぶっちゃけ、まさかね、何かの間違い。なんて勝手に思ってました。それくらい信じられないことです。更に詳しく見てみると警察から電話がかかってきたのも、このLINEで連絡を取り合って通報してくれたみたいです…。

 

その後しばらくドタバタしてるうちに暗くなってきたのでおじいちゃんに家まで送ってもいました。8時とかになってましたかね。家に帰れば妹は泣き出すし、父親はどうなったかわからないし、車ですらもどこにあるのかわからない…本当にどうなってるのという気持ちしかなった気がします。今でさえもどう表したら良いかわからない。その日は全く落ち着きませんでしたがなんとか眠りにつきました。

 

次の日

朝起きてみると結構早かった気がします。9時とか??早々に母親から残念な形で見つかったと警察から連絡が来た、みたいな話を聞きました。生きていることを切から願ってましたが現実は非情でした。警察も凄いですね、スマホで、だったと思いますが場所を割り出して発見したそうな。

 

昼くらいからか、おばあちゃんやおばさんが家に来て大人たちはみんなドタバタしてました……。人が亡くなったんだからドタバタはしますよね…。午後になると車やお父さんの遺体が帰ってきて落ち着ける?ようになりました。死体は暑さに弱いのでエアコンガンガンの部屋に置かれました。首を見てみると赤くなっているのが見えます、刑事ドラマやなんかで首が締められた時に跡がつく、なんて言いますけど本当に跡つくんだなってビビりました。首吊で亡くなったようです…。

 

またまた次の日

その次の日に通夜が行われたと思います。あんまり覚えてないです。結構脳死状態?だったかもしれない。頭の中は真っ白。ただすごく涼しかったとか食欲わかなかったとか抽象的な?ことしか覚えてないです。今までのツイートはほとんど取っているのですがこの日のツイート見たら相当病んでましたね…。ガチガチに。

 

またまた次の日

この日はお葬式でした。葬儀場?で行われるのですが人が亡くなってから葬式までって本当に早いんだなとか思ってましたね。葬式のときの料理とかあんまり好きじゃないし、そもそも食欲もなかったので昼食はほとんど食べませんでしたね。お経?を読んでもらった後、棺桶を完全に閉める前に父親の手を触りましたが冷たくてビビりました。あの感覚今でも覚えてます。これが亡くなったってことかって感じてました。

 

父親がいつかはベンツとかいってましたがそんなベンツに乗って火葬場に向かいます。本当に最後の別れ。不思議な感覚でした、あんまりこれからのことは考えず、ただ別れを惜しむことしかしなかったです、というか他のことを考えるなんてできなかった。

 

結構長い時間待った後に完全に焼却されて骨だけ残った父親の姿を見てこれほど無残なもの?なのかとか感じてました。骨を箸で掴むようなやつは私はやりませんでしたがもうこれで完全に父親の姿は見られないんだなって切なかったです。そんな感じで葬式は終わりました。だいぶ端折った気がする。

 

その後の話

と、そんな感じで暗く憂鬱な日々が続きました。しばらくは何も感じずただただ遊んでました。当時塾行ってましたがその日以来しばらく休んでました。しばらくすると父親がいなくなったと現実がだんだん見えるようになってきました。正直2-3ヶ月くらい経った頃が一番つらかったです。父を自殺に追い込んだ人に対して何もできないのが悔しかったし、父がその道を選んだなら私もいいよね、なんて勝手に思ってました。ずっと父親のことを考えていたと思います。その時はネットにおんなじ状況になった人の記事とか見て心を落ち着かせたり、当時受験生ではありましたが勉強のこととかは考えないようにしたり…。ぶっちゃけ死にたい毎日だったと思います。なかなかこんなこと誰にも言えないですしね。

 

 

今死にたいと感じている人へ

自殺なんてするもんじゃないです。今あなたが死んだら、周りの人は悲しみます。あなたが思っている以上に。あなたの思っている100倍1000倍それ以上悲しみます。たとえあなたが愛されていないとか思っていてもマジで悲しみます。実体験した僕だから言えます。なにか悩みがあるのであれば何か方法はあるはずです。誰かに相談できるならしてください。人に言うだけでも相当楽になると思います。極端に言えばその悩みから逃げてもいいと思います。逃げたってそんな指差してあなたを笑うような人はそうそういません。死んでしまっては元も子もないです。

 

大切な人を自死で亡くしてしまった方へ

身近な人を自死でなくした、なんて劣等感は持ってはいけないと思います。大切な人を自死でなくす人は結構いると思ってます。こんな良い方はよくないかもしれませんが、人はいずれ死にます。死因や時期が特殊であっただけです。難しいかもしれませんが、その不幸をバネになにか力を向けれる場所もあると思います。とにかく言いたいのはあまり考えすぎないことです、心無いとか思うかもしれませんが、そうした方が楽に暮らせます。ただ、年一で思い出す機会はあると良いと思います、それも大切な時間。

どうしてもつらくなったのなら、誰かに打ち明けると気持ちも楽になると思います、言われた相手は困惑するかもしれませんが大切な人であれば馬鹿にするようなことはしないと思います。また、長いあいだ休むのも良いと思います。すべて忘れてなんにもしない日々を過ごしてみてると気持ちが楽になるかもしれません…。とにかく身近な人をなくしたということをあまり考えないようにすることが重要だとおもいます。ずっと考えているとつらくなってしまうだけです。

 

最後まで読んでくれた方へ、結論

人っていつ、どう死ぬかなんてわかりません。私の父親も前触れ無くいきなり亡くなってしまいました。人の別れを惜しむのも良いですがずっと悲しんでいてはいつまで経っても前を向けません。長い休みを貰ったとしても、いずれはまた何らかの社会に復帰しないといけません。あまり深いことは考えず目の前のことに取り組むことが重要だと思います。目の前のことと言っても難しい気もしますが。でもとにかく言いたいのは気にしすぎないことです、いちいち気にしていては本当に何もできなくなります。これは人の別れに限らず言えると思います。あんまり気にすぎるとハゲるらしいですよ。

 

ただ、私から言えることはこれくらいしかありません。もっとためになるような話をする人や記事もたくさんあると思いますので色んな人の話を聞くのもいいと思います、若干「あんまり気にしないほうが良い」と矛盾する気もするしますが結局はあなたの気持ち次第です。ただあんまり深く考えないで欲しいという私の戒め的な?なにかです。

結構長い文章になりましたが、ここまで読んでくれてくださったなら嬉しいです。こんなくそ語彙力の文章を読んでくれてありがとうございます。