マーシャル産のブログ

愛知の男の雑多なアカウント 元sm125732支援者 指パッチン奏者?

サルモネラでそこそこの地獄を見た話

とある日曜日卵かけご飯を食べました。

後になって軽い地獄を見ることを知らずに…。

 

 

翌日の月曜日まで学校が休みだったのですがその日朝起きてからずっとお腹が痛くて、下痢してて、まぁちょっと調子が悪いのかなくらいに思ってました。ですが、昼を過ぎても全然治る気配がありませんでした。熱を測ってみると38度近く出てびっくりしました。一瞬コロナ??とか思ってました。

 

 

原因がはっきりしないまま夜を迎え、とりあえず横になって休むことにしました。次の日は休む気マンマンです!!というか割とガチでしんどかったので行けなかったと思う。火曜日が一番腹が痛かったです、あと下痢もひどかった。あとなんか便が緑かった。この辺りから日曜日に食べた卵せいなのではないか、と思ってた。というかむしろ8割型そうだろうって思ってた。

 

 

とりあえず火曜日ガチでしんどかったので病院に行き、軽く診断してもらいました、念の為PCR検査と血液検査もしました。PCRは唾液採取?でしたが、血液検査痛かったです…(´;ω;`)でもお薬を貰ってかなり気分が楽になりました。プラセボ効果(ドヤ顔)みたいなものかもしれない。でもしんどかった。かなりの腹痛が不定期に来てた。

 

 

そんな感じで病院に行った日の水曜日にPCR検査や血液検査の結果が来ました。やはりよくない菌が入り込んで腸が不調()だったみたい。PCR検査は陰性だった。

 

 

…それでもしんどく、薬を飲んでもなかなか完治?はしませんでした…結局次の週の月曜日辺りまではずっとしんどかったです。学校も4日も休みました。もうこんな思いしたくない。。。。

 

 

まぁ結局何が言いたい買った言えば卵はちゃんと加熱処理しましょう、生食する時は新鮮なものを食べましょう、ってわけですよ。でもあれ期限の3日前だったし別に問題ないと思ったんですがねぇ………。

親を自殺で亡くし、自殺遺児になった話

私は中3の時に父親を自殺で亡くして俗に言う自殺遺児、となりました。当時この事実の他に特別なことを経験したわけではありませんが何かしらの形で誰かの力になるかな、と感じたので書きます。。。

 

あんまり人が亡くなったなんて話はするべきではないと思うのですが、当時同じ境遇の人がいると心が楽になった気がするので。あんまり、身近な人を自殺で亡くしたなんて人はいてほしくはないのですが今後長い時間を見てなにかしらの形で人のためになりそうかな、ということで書きます。結構個人的な話なのでなんかあったら消えるかもしれないです。とりあえず、当時何が起こったか書き連ねてみます。私に文章力はないのでご了承ください。

 

当時起きたこと

当時私は14歳でした。比較的長い休みに母親の実家に帰る事になったのですが、父親は用事のために車が必要とのことで行きは送ってもらいました。結構今の家と距離が近いので割と頻繁に帰ってたのでそんなに母親の実家に帰ることは珍しいことではなかったです。

 

昼飯と三時のおやつを過ぎ、そろそろ変える時間かなとなりましたが父親は迎えに来ません。ずっと連絡を待っていたのですが普段帰る時間の16時を過ぎても連絡が来ません…。時間になっても迎えが来ない、なんてことはあんまりなかったですが、特に気には留めず父親の迎えを待っていました。

 

…プルルルルルルル。母親の携帯がなります。どうやら警察かららしいです。え、私変なことしたかな??とか変な妄想をしてましたがそんな生易しい話ではないです。「〇〇(ぼくの名前)、お父さんのLINEのタイムライン見れる??」「…???」母親から聞かれますがなんのことかさっぱりです。実際に見てみると…”私の願い最後の拡散お願いします”と書かれた投稿があります。この文章のみでは何が起こってるのか理解できませんでした…。

 

とりあえず一番下までスクロールをするとさようなら。の文字。これでも私は理解できません。一から読み進めてみますが、バカだった私は(今も馬鹿ですが)これが何を意味する文章なのかは正確にわかりませんでした。が、更にじっくりと読み進めてるうちにこれが遺書であるということは理解できました。遺書の中身はあまり詳しく言いたくないのです。ぶっちゃけ、まさかね、何かの間違い。なんて勝手に思ってました。それくらい信じられないことです。更に詳しく見てみると警察から電話がかかってきたのも、このLINEで連絡を取り合って通報してくれたみたいです…。

 

その後しばらくドタバタしてるうちに暗くなってきたのでおじいちゃんに家まで送ってもいました。8時とかになってましたかね。家に帰れば妹は泣き出すし、父親はどうなったかわからないし、車ですらもどこにあるのかわからない…本当にどうなってるのという気持ちしかなった気がします。今でさえもどう表したら良いかわからない。その日は全く落ち着きませんでしたがなんとか眠りにつきました。

 

次の日

朝起きてみると結構早かった気がします。9時とか??早々に母親から残念な形で見つかったと警察から連絡が来た、みたいな話を聞きました。生きていることを切から願ってましたが現実は非情でした。警察も凄いですね、スマホで、だったと思いますが場所を割り出して発見したそうな。

 

昼くらいからか、おばあちゃんやおばさんが家に来て大人たちはみんなドタバタしてました……。人が亡くなったんだからドタバタはしますよね…。午後になると車やお父さんの遺体が帰ってきて落ち着ける?ようになりました。死体は暑さに弱いのでエアコンガンガンの部屋に置かれました。首を見てみると赤くなっているのが見えます、刑事ドラマやなんかで首が締められた時に跡がつく、なんて言いますけど本当に跡つくんだなってビビりました。首吊で亡くなったようです…。

 

またまた次の日

その次の日に通夜が行われたと思います。あんまり覚えてないです。結構脳死状態?だったかもしれない。頭の中は真っ白。ただすごく涼しかったとか食欲わかなかったとか抽象的な?ことしか覚えてないです。今までのツイートはほとんど取っているのですがこの日のツイート見たら相当病んでましたね…。ガチガチに。

 

またまた次の日

この日はお葬式でした。葬儀場?で行われるのですが人が亡くなってから葬式までって本当に早いんだなとか思ってましたね。葬式のときの料理とかあんまり好きじゃないし、そもそも食欲もなかったので昼食はほとんど食べませんでしたね。お経?を読んでもらった後、棺桶を完全に閉める前に父親の手を触りましたが冷たくてビビりました。あの感覚今でも覚えてます。これが亡くなったってことかって感じてました。

 

父親がいつかはベンツとかいってましたがそんなベンツに乗って火葬場に向かいます。本当に最後の別れ。不思議な感覚でした、あんまりこれからのことは考えず、ただ別れを惜しむことしかしなかったです、というか他のことを考えるなんてできなかった。

 

結構長い時間待った後に完全に焼却されて骨だけ残った父親の姿を見てこれほど無残なもの?なのかとか感じてました。骨を箸で掴むようなやつは私はやりませんでしたがもうこれで完全に父親の姿は見られないんだなって切なかったです。そんな感じで葬式は終わりました。だいぶ端折った気がする。

 

その後の話

と、そんな感じで暗く憂鬱な日々が続きました。しばらくは何も感じずただただ遊んでました。当時塾行ってましたがその日以来しばらく休んでました。しばらくすると父親がいなくなったと現実がだんだん見えるようになってきました。正直2-3ヶ月くらい経った頃が一番つらかったです。父を自殺に追い込んだ人に対して何もできないのが悔しかったし、父がその道を選んだなら私もいいよね、なんて勝手に思ってました。ずっと父親のことを考えていたと思います。その時はネットにおんなじ状況になった人の記事とか見て心を落ち着かせたり、当時受験生ではありましたが勉強のこととかは考えないようにしたり…。ぶっちゃけ死にたい毎日だったと思います。なかなかこんなこと誰にも言えないですしね。

 

 

今死にたいと感じている人へ

自殺なんてするもんじゃないです。今あなたが死んだら、周りの人は悲しみます。あなたが思っている以上に。あなたの思っている100倍1000倍それ以上悲しみます。たとえあなたが愛されていないとか思っていてもマジで悲しみます。実体験した僕だから言えます。なにか悩みがあるのであれば何か方法はあるはずです。誰かに相談できるならしてください。人に言うだけでも相当楽になると思います。極端に言えばその悩みから逃げてもいいと思います。逃げたってそんな指差してあなたを笑うような人はそうそういません。死んでしまっては元も子もないです。

 

…っというのが今でも本音ではありますが、正直な話、そんなのは本人次第です。私が計り知れないつらい現実があるのは承知です。最後に人生を決めるのは貴方次第、なのですが、その最後に、もう一歩生きる道を選んでみるのも悪くないと思います。どうせ死ぬつもりであるのであれば、失うものもありません。あるかもしれませんが、無いと思えば無いものです。案外、その一歩が好転するかもしれませんし。それは、わかりませんが。(2023/05/02 ちょっと思い返して気になったので追記です)

 

大切な人を自死で亡くしてしまった方へ

身近な人を自死でなくした、なんて劣等感は持ってはいけないと思います。大切な人を自死でなくす人は結構いると思ってます。こんな良い方はよくないかもしれませんが、人はいずれ死にます。死因や時期が特殊であっただけです。難しいかもしれませんが、その不幸をバネになにか力を向けれる場所もあると思います。とにかく言いたいのはあまり考えすぎないことです、心無いとか思うかもしれませんが、そうした方が楽に暮らせます。ただ、年一で思い出す機会はあると良いと思います、それも大切な時間。

どうしてもつらくなったのなら、誰かに打ち明けると気持ちも楽になると思います、言われた相手は困惑するかもしれませんが大切な人であれば馬鹿にするようなことはしないと思います。また、長いあいだ休むのも良いと思います。すべて忘れてなんにもしない日々を過ごしてみてると気持ちが楽になるかもしれません…。とにかく身近な人をなくしたということをあまり考えないようにすることが重要だとおもいます。ずっと考えているとつらくなってしまうだけです。

 

最後まで読んでくれた方へ、結論

人っていつ、どう死ぬかなんてわかりません。私の父親も前触れ無くいきなり亡くなってしまいました。人の別れを惜しむのも良いですがずっと悲しんでいてはいつまで経っても前を向けません。長い休みを貰ったとしても、いずれはまた何らかの社会に復帰しないといけません。あまり深いことは考えず目の前のことに取り組むことが重要だと思います。目の前のことと言っても難しい気もしますが。でもとにかく言いたいのは気にしすぎないことです、いちいち気にしていては本当に何もできなくなります。これは人の別れに限らず言えると思います。あんまり気にすぎるとハゲるらしいですよ。

 

ただ、私から言えることはこれくらいしかありません。もっとためになるような話をする人や記事もたくさんあると思いますので色んな人の話を聞くのもいいと思います、若干「あんまり気にしないほうが良い」と矛盾する気もするしますが結局はあなたの気持ち次第です。ただあんまり深く考えないで欲しいという私の戒め的な?なにかです。

結構長い文章になりましたが、ここまで読んでくれてくださったなら嬉しいです。こんなくそ語彙力の文章を読んでくれてありがとうございます。

男性でありながら身長が152cmしかない話

この長休みになにかやったってのが欲しいと春休みの序盤のブログに書きましたがやる気がでないので現実逃避にまたなにか書きます。ネタはくさるほどもないけど無いわけででも無いので………

 

私身長が低すぎてですね、男なんですが152cmしかないです。まぁだからなんだ、って話かもしれませんが。身長低すぎエピソードは幼稚園の頃から続いてまして、年長のときに幼稚園の先生から「〇〇くんは〇〇組(年中)の子とあんまり身長が変わらないよね」と言われてかなりショックだった記憶があります。幼稚園の頃の記憶で一番鮮明に覚えていることがこのことです。

 

私より身長の低い男性はなかなか見ないです、女性であればまずまずな数がいますが…。こんな身長なので黒板は上まで届かないです。逆に言えばそれくらいしか身長困ったエピソードはないかもしれないですが。低身長はモテないモテない言いますが、私が仮に身長がある程度合ったとしてもモテなかったとは思います…。かなぴ🥺🥺🥺

 

ただ身長170cm台や180cm台というのは憧れます。ちょっと余裕が生まれそう、知らんけど。仮に私の身長が高かったらおんにゃのこにたくさん上目遣いされたいです、たくさん高いところにあるものを取ってあげたいです。190cm以上は…逆に高すぎて不便そうかも…。

 

まぁ何だかんだいって私もこの身長でもそれなりにはやってるってわけですよ。まだ生きてるし。そんな感じで身長に何らかのコンプレックス抱えている方は一旦慎重になろうね!!ハッハハハハハハハハハ!!

 

 

………すみません。あんまり書くことなかったわ。まぁでもこれくらい長さが丁度いいかもしれん。前回のは長過ぎた。

中1でうんこを漏らした話

前置き

タイトルのインパクトが強いので中1にしましたが、小学生の頃も何かとうんこを漏らしてた気がします。結構な時間をかけて学校に登校するのですが、どうしてもお腹が痛くなってですね。トイレまで間に合わず何度か漏らしてしまってました。漏らしたときにはできるだけ臭いを消そうとパンツをトイレットペーパーでうんこを拭くわけですよ。まぁそんなんでも臭いは取れませんからね、教室に臭いが充満するわけですよ…。んでもってコミュ障かつ小学生というプライド?が邪魔した結果誰にも言えないわけです。先生に感づかれるのを待つ。今思うとかなり害悪だと思いますね…はぁ…。

まぁそんなんでいじめられなかったのかって話なんですが、クラス内からは全くいじめられませんでした。なんでかは知りません。みんな優しすぎました。ワンチャン割と気づかれていなかった???ただ、一個上の上級生からは暴力とはいかなくても言葉でからかうようなことはありました…。当時はアホくさいと割り切ってた気がしますが。と、またまた同級生の優しさに助けられるんのですが。このことを先生に言ってくれたみたいで結果指導が入り一切からかいはなくなりました。今もう一度思い返してみるとほんと私情けないなぁとばかり感じます…。

 

本編

まぁ前置き?が長くなりましたがタイトルの中1で漏らした話なんですが。小学校までよく漏らしてはいましたが中学生になってからは何故かあまり起こらなくなりました。中学校のほうが登校に時間がかからないからかもしれませんが、登校中に漏らすことはなかったです。なら何で漏らしたんだって話になりますが、直球で言えば授業後スグに漏らしました。当時6時間目で美術の授業だったのですが雨のせいなのかお腹が痛くなってしまいまして、中学生になってからド・コミュ障&陰キャを運営していたので先生にトイレに行きたいなんて言えませんでした。ぶっちゃけ高校生になった今でも言えないかも。まぁ高校生の私はまた今回どうでもいいんですが。お腹を下した私は授業中必死に耐えました。あと10分…あと5分…とずっと時計を見てた気がします。…まぁ時間は過ぎるもので授業終了のチャイムが鳴ります。もう礼の時間も億劫です。さっさとトイレを済ませないと人生おわる、これぞまさに「授業中に出したら 学生生活終わるナリ」(ゴメンナサイ)。中学は小学校の頃に比べ桁違いに生徒も多く知らない人も多いです。もし、うんこを漏らしてなおかつバレたらこの後の3年どうなるか検討も付きません。もう限界と思いながらも礼を済まし、トイレにダッシュ。なんとか個室に入り込m…ああぁ…。。。ついにここでケツの穴が限界を迎えます。ついに漏らしました。しかももう便器はすぐの個室で。(もう、終わったぁ…。)(なんでよりにも寄って便器のすぐ前で漏らすんだよ。)まだ入学して割とすぐだった気がします。これからどうなるかと一瞬頭で考えてましたが……ただそうこうしてられません。帰りのSTが始まってしまいます。こうなればバレないように最善を尽くします。急いで小学生の頃散々やったパンツからうんこを拭く作業をはじめます。臭いは完全に取れないとわかってはいてもとりあえずやりました。時間は結構かかりましたが、それなりに拭けたので個室から出て急いでSTに向かいます。先生に「遅い、みんなの時間なんだぞ」みたいなことを言われましたがそんなことはどうでもいいんです。今日は不幸中の幸いか、先程の美術の授業は6時間目かつ部活もなかったのでもう下校です。さっさとSTを済ませてばれないうちに帰らなくてはなりません。長ったらるしくてこれまでに無いほどのドキドキなSTを終えてさっさと駐輪場に向かいます。もうバレてるかもしれないけど。その日は雨だったのでかっぱに着替えなくてはいけません。もう帰りではありますが臭いも少しはごまかせるだろうとも思いました。すると後から来た隣の自転車の人が「なんか変な匂いしない??」(ドキッ………!!?)「なんか銀杏っぽい臭いがする」(…銀杏?!!)「ねぇしない??」(はぁ?私に聞くなし!!)「そうかなぁ…??」…そんな会話をした気がします。もう冷や汗もんですよ…。なおもうこんなところにいられない。その一心で急いで自転車を漕ぎます。人目があまり気にならないところまでやってきたら安心タイム。第一フェーズは過ぎました。ここからは第二フェーズ。家までは短くも長くもない時間がかかります。その間親になんて言おう…??とばかり考えてたような気がします。もう中学生になったんですからね…。ただ漕いでいればそのうち家にはつきます。…ガチャ「おかえり」「…ただいま。うんこ漏らしちゃった」記憶ではそんなことを言った気がします。もうあまり覚えてない。脳が死んでいる。ただその時は割と結構怒られた気がする、今思うと呆れられてたかもしれない。ただそれだけで事は済んだ。翌日は若干怖かったですがこの事はバレなかったみたい。一部は感づいたかもしれないが………。制服は洗濯した上に代わりはなかったのでまだ濡れてました。

 

まとめ?

この日以降はうんこを漏らすことなく今日まで生きてます。もうこんな怖い思いはしたくない。けど今になってもよくお腹を壊す。特に登校中は割と駅のトイレにお世話になってます…………。いつどうなるか割とビクビクして生きてます。うんこ漏らす属に言う”Xデー”は明日かもしれない。

Hatena Blog Test

なんかブログ始める話

とくに書くことがある訳でもないんですが、かと言って長文を書く場所がないってのも個人的に気分が良くないのでとりあえずアカウントの登録をしてみた。気が向くか、もしくは気分が晴れないときにここになにか書き込むかもしれないし何も書き込まないかもしれない。

 

最近は目の前のことをやらないといけないとは思いつつも長い休みになるとどうしても怠けてしまうもので、何故か3時就寝11時起床というような生活になってしまう。飯を食ってゲームしてTwitterしてオヤスミ。寝るときに毎回こんなんで良いんだろうかと思ってる。私のTwitterのフォロワー、何かと夢に向かってがんばってる人が多いし、どうしても比べてしまって私の生き方ってしょうもないなって思ってしまう。Twitterのフォロワーなんて所詮Twitterで出会ったってだけでそんなに気にしなくても良い、とわかってはいるんだけど。とりあえずこの休みになにか一個やったぞ。と言うのが欲しいかな…

 

って…なんか書くことないな、何かお題が出されてそれをかけって言うならまだなにか書けるんですけどなんにもお題がないと何も話題を出すことができないですね。あぁしんど、こいつブログ向いてねぇんじゃねぇの。